金子内科院長ブログ

父の日に

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     先日の日曜日(6月19日)は父の日でした。

     朝起きると、我が家の3人の子供たちがニコニコしながら、「はい、これ」と言って、小5の長女は「いつもお仕事してくれてありがとう。時間のある時にはみんなでお出かけしたい。」という内容の手紙と空き箱を使った手作り貯金箱を、小3の長男は紙粘土でいろんな魚類を作り、それらで縁取られた手作り写真立てを、年長の次女は折り紙で矢印のような形を作り、それに顔が描かれているもの(正直何かは不明)をプレゼントしてくれました。

     子供たちの気持ちに感謝すると同時に、普段なかなか子供たちと遊んであげる(遊んでもらう?)時間的・精神的余裕がない、自分の能力のなさを申し訳なく思いました。

     自分自身は父親に対して、誕生日や父の日に手紙を渡したり、感謝の気持ちを述べるようなことは一度もなかったと思います。

     当日は父親の三回忌であり、家族で実家のある板橋区にいってまいりました。

     父親とはあまり遊んだ記憶がなく、年に1度だけ夏休みに兄の療養先である千葉県天津(兄は小児喘息で千葉県天津にある板橋区立の天津養護小学校に3〜4年間全寮制の生活をしていました)に小さなワゴン車で両親、自分、柴犬の雑種の「ポン」と一緒に、2泊3日で須和田さんという方の民宿に行ったことぐらいしか、ともに出かけた記憶はありません。それだけでも、とても楽しかったことだけは覚えています。

     そんなあまり遊んでくれなかった父親は、傍からみると自分がやりたいと思うことは周囲に遠慮なく何でもやってしまう自由人(自分勝手)に見えました。

     しかし、自分も年を重ねていくと、自分勝手に見えていた父親も実は単なる自分勝手ではなく、「あの時父親は大変だったんだろうな。」、「きっと心細かっただろうな。」、「そんな時にこんな言葉をかけてあげていれば、少しでも気持ちが楽になっただろうな。」などと、後悔混じりの考えのみが浮かんできます。

     当日は自分と自分の子供たちとの器量の違いを感じながら、また少しでも父親の立場になって物事を考えられなかった自分を申し訳なく思いながら、父親の遺影のまえで手を合わせてきました。

     お陰様で78歳の母親は健在ですが、一昨年に腰部脊柱管狭窄症の手術、昨年は腰椎圧迫骨折を起こし、会うたびに腰は曲がり、白髪は増え、大分老いてしまったと実感します。父親に優しい言葉を掛けれなかった分、残された母親には可能な限りの孝行したいと思っています。また子供たちに父親として少しでも多くの楽しい思い出を残せるよう頑張りたいと思います。

     


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